インクルーシブは制度だけではつくれない —エグモントホイスコーレで学んだ「同じ場に参加する」ということ
6月29日から7月5日までの1週間、デンマークのエグモントホイスコーレ(以下、エグモント)で開催されたサマーコースに参加してきました。
今回のテーマは「スポーツ」。デンマークのパラスポーツ協会とエグモントの教員が一緒になり、障がいのある人もない人も、様々なスポーツを体験するコースでした。
ボルダリング、プール、乗馬、トライアスロンなどを一緒に体験する中で、私が強く感じたのは、インクルーシブとは「障がいのある人も参加できるようにすること」だけではないということです。
同じ場に、それぞれの方法で参加すること。本人の「やりたい」を大切にしながら、その人の可能性を信じて挑戦すること。そして、自分の意見を持ち、対話を通して周りの人と一緒に場をつくっていくこと。
今回の1週間で見たこと、体験したことを中心にお伝えしたいと思います。
エグモントホイスコーレ・サマーコース2026への参加経緯

私がエグモントを初めて訪れたのは、昨年参加したデンマークの福祉と建築を学ぶ視察ツアーでした。
滞在はわずか3時間ほどでしたが、車椅子でボルダリングに挑戦する姿や、車椅子ごと乗れる船、修学旅行に向けて介助者と練習する様子など、そこで見た光景は今も強く印象に残っています。何より心に残ったのは、障がいのある人もない人も、自然にフラットに関わりながら、生き生きと過ごしていたことです。その雰囲気に触れ、直感的に「もっとこの場所を知りたい」と感じました。
そして今回、スポーツをテーマにしたサマーコースの開催を知り、日本人教員のリエコさんがコーディネートする日本人参加者8名のうちの1人として参加しました。

デンマークパラスポーツ協会とのコラボで様々なスポーツを体験
フォルケホイスコーレについて
フォルケホイスコーレは、日本では「生のための学校」とも呼ばれる、デンマーク独自の教育機関です。17.5歳以上であれば年齢や国籍に関係なく入学でき、試験や成績はありません。学生と教員が共に暮らしながら、対話を通して学ぶことを大切にしています。
授業の多くは選択制で、学生は自分の興味に合わせて学びます。スポーツや創作、生活に関わる授業など幅広い選択肢があり、中には「父親が教えてくれなかったこと」という、パンク修理や履歴書の書き方などを学ぶユニークな授業もあります。
そして、学びの場は授業だけではありません。食事や友人との会話、余暇の時間も含めて、暮らしそのものが学びの場です。「あなたはどう思う?」「あなたはどうしたい?」という対話を重ねながら、自分のことを知り、他者の違う意見にも触れていきます。
エグモントには約220名の学生がおり、約6割が障がいのない学生、約4割が障がいのある学生です。特徴的なのは、介助を必要とする学生と、その生活を支える介助者も共に学生として学び、暮らしていることです。介助を必要とする学生は自ら介助者を選び、介助者は授業時間外の生活介助を担います。
その給与は、障がいのある学生が暮らす自治体から支給されます。つまり、障がいのある人とない人、介助する人もされる人も、同じ生活の中で学び、関係を築いている。そして、その暮らしを社会の制度が支えていることが、エグモントの大きな特徴です。

食事はみんなで集まって食べる

食後にみんなでワールドカップ観戦している様子
障がいの有無を超えてスポーツを楽しむ
今回のサマーコースでは、デンマークのパラスポーツ協会と一緒に、様々なスポーツを体験しました。最初に行ったのは、名前を呼びながら相手にタッチするゲームや、ボールを使ったゲームです。
走れる人は走り、車椅子を使用している人は車椅子で移動します。自分で移動することが難しい人の場合は、介助者が代わりに走ります。障がいのある人のために別のゲームを用意するのではなく、同じゲームの中で、その人に合った参加の方法が自然につくられていました。
「どうすれば、みんなが一緒に参加できるか」という考え方が、最初からその場にあるように感じました。
ボルダリングでは、目隠しをして、下にいる人の声だけを頼りに登る体験をしました。目が見えない状態で、どのように情報を受け取り、身体を動かすのかを実際に体験しました。

お互いの名前を覚えるアクティビティ

目隠しをして口頭指示をもらいながら登っていく

とても楽しそうにプールに入る参加者

障がいの有無に関わらず一緒にカヌーを楽しむ
トライアスロンで見えたインクルーシブ
今回のサマーコースで、特に印象に残っているのがトライアスロンです。
トライアスロンでは、水泳、自転車、ランニングの3種目を行います。ただし、参加する方法は一人ひとり違います。水泳では、泳ぐ人もいれば、水の中を歩く人もいます。自転車では、一般的な自転車に乗る人もいれば、2人乗りの自転車、手でこぐ自転車、それぞれの身体に合わせた特殊な自転車を使う人もいます。ランニングでは、自分の足で走る人もいれば、車椅子で進む人もいます。選ぶ手段は違っていても、全員が同じトライアスロンに参加しています。
「みんなが同じ方法で行う」のではなく、「同じ活動に、それぞれの方法で参加する」。
この光景を見て、障がいの有無を超えてスポーツを楽しむとは、こういうことなのではないかと感じました。
障がい者のスポーツと健常者のスポーツを分けるのではなく、同じ場の中に、いろいろな参加方法がある。全員が同じである必要はありません。違う方法であっても、同じ場で同じ時間を過ごし、挑戦や達成感を共有することができます。
トライアスロンの光景は、今回エグモントで感じたインクルーシブを、とても分かりやすく表していたと思います。

足で進んでいく自転車を選んだ参加者

2人で漕ぐ自転車や異なるスタイルの三輪車など参加方法は様々
自己決定と挑戦
乗馬の体験では、自己決定について考えさせられる場面がありました。
日常生活に全面的な介助を必要とする方も、周囲のサポートを受けながら馬に乗っていました。一方で、馬を怖がり、長い時間泣きながら「乗りたくない」という意思を示している方がいました。それでも、教員アシスタントはすぐに「嫌ならやらなくていい」とは言いませんでした。
無理に乗せるのでもなく、その人のそばにいて、待ちながら対話を続けていました。そして最終的には、その方も馬に乗ることができました。
私には、本人が実際にどのような気持ちだったのか、教員アシスタントとどんなやり取りをしていたのか、そのすべては分かりません。ただ、すぐに「やる・やらない」の結論を出すのではなく、そばにいて時間をかけて関わる姿が印象に残りました。
本人の意思を大切にしながら、本人の可能性を信じ、一緒に考えて待つことも必要なのだと思いました。
エグモントでは、自由や自己決定が大切にされています。しかし、ただ「やりたくなければ、やらなくていい」ということではありません。自分が持っているものを出し切ること、自分の力を使って集団に参加することも大切にされています。
本人の意思を尊重することと、挑戦を支えること。その両方について考える機会になりました。

対話の末に乗馬体験に挑戦した参加者
インクルーシブとデモクラシー
今回、リエコさんは「インクルーシブとは何か」という問いに対して、「雰囲気」と表現していました。
私は、この言葉がとてもしっくりきました。昨年、初めてエグモントを訪れた時に感じたものも、まさにその雰囲気でした。障がいのある人とない人が一緒に生活しているという事実だけではなく、人と人との関係や、その場に流れている空気のようなものです。
また、長く日本人留学生の受け入れに関わってきた元エグモントの教員・片岡豊さんは、インクルーシブを「在り方(Being)」と表現していました。良いとか悪いとかではなく、ただそこにいて、つながっていること。
人とのつながり、社会とのつながり、自然とのつながり。エグモントでは、生活やスポーツ、対話を通して、様々なつながりを感じることができました。こうした「つながり」やつながりから生まれる「雰囲気」がインクルーシブというものを表しているのだと思います。
そして私は、このインクルーシブの背景には、デンマークで大切にされているデモクラシーがあるのではないかと感じました。
デンマークでは、民主的人間形成が大切にされています。
民主主義は制度として存在するだけではなく、人と人との関わりの中で育まれていくものです。「自分はこう思う」と発言すること。相手の意見を聞くこと。意見が合わない時には話し合い、ときには妥協すること。
そして、周りの人を巻き込みながら行動していくこと。こうした力は、1日で身につくものではありません。日常生活の中で少しずつ練習を重ねることで、「デモクラシー・フィットネス」とも呼べる力が育っていきます。
それは、ホイスコーレに入ってから突然始まるものではありません。
デンマークでは、小学校や中学校の頃からこうした考え方に触れ、さらに中学生年代には、親元を離れて共同生活をする「エフタスコーレ」という選択肢もあります。そこでも、他者と暮らしながら、自分で考え、選び、周囲と関わっていく経験を重ねていきます。
こうして幼少期から、自分の意見を持つことや、他者と対話しながら生活することを経験する環境があります。そうした日々の積み重ねがあるからこそ、障がいの有無にかかわらず、それぞれが違ったまま同じ場所にいることが特別なことではなくなり、エグモントで感じた「インクルーシブな雰囲気」につながっているのではないかと思いました。

性別・年齢・障がいに関わらず共に過ごす
自然とつながることができる校内

元エグモントホイスコーレ教員の片岡豊さん
これから
エグモントで様々な経験をし、本人が成長したとしても、日本に帰ると周りの環境は大きく変わります。本人だけが変わっても、やりたいことを実現できない場合があります。
だからこそ、「本人を変える」だけではなく、「社会や環境を変える」という視点も必要だと思います。
今回の体験を通して、私は日本でも、障がいのある人とない人が自然に一緒にスポーツを楽しめる環境をつくっていきたいという思いが、さらに強くなりました。
エグモントで行われていたことを、そのまま日本へ持ってくるということではありません。
一つのスポーツを障がいの有無で分けず、それぞれに合った方法で一緒に参加できないか。本人の「やりたい」を起点に、必要な道具やルール、支援の方法を考えられないか。参加した人たちが自分の意見を伝え、一緒に場をつくることができないか。
こうした今回の学びを、これからの実践につなげていきたいと思います。
エグモントで体験したのは、「障がいのある人も参加できる場所」というだけではなく、一人ひとりが違うまま、同じ場に参加し、それぞれの方法で挑戦し、楽しんでいる光景でした。
そして、そうしたインクルーシブな「雰囲気」や「在り方」は、誰かが用意してくれるものではなく、自分がその場に入り、周りの人と対話しながら、一緒につくっていくものなのだと思います。
これから、今回の学びを少しずつ実践につなげて、日本でも、障がいの有無にかかわらず、誰もが同じ場でスポーツを楽しめる機会を少しずつつくっていきたいと思います。
すでにインクルーシブスポーツに取り組んでいる方、スポーツや教育、福祉の現場で同じような課題を感じている方、あるいは「こんな場を一緒につくってみたい」と思ってくださる方がいたら、ぜひつながっていただけたら嬉しいです。
まずは、できるところから。一緒に場をつくる仲間と、少しずつ始めていきたいと思います。
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